恋する小鳥

Irreplaceable 

太陽を求めたひと

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きっと空が好きになる


こんにちは みなさま。


私は夏になると「奇跡の日本兵」を絡めて戦争のことを書くんですが、
その旧日本兵、祖父の具合がかなり悪く
私達親族や家族が病院へ呼び出されている状態が続いています。
生前から頑固で五月蝿く、怖い祖父でしたが、
中途半端に痴呆が止まってしまい、その頑固で五月蝿いところだけが残り、
家族は家にいたがった祖父を無視して、介護施設に入れていました。

しかし当然祖父の苛立ちと怒りの矛先が向いた介護士たちに嫌われ、
手があまるとのことで施設をたらいまわしになり、
最終的に祖母の親友が営む大きな病院に、
これといった病名もないまま入院させられました。
多少の心臓の衰えと痴呆以外に悪い箇所がそうあるわけではないので、
やはり医者や看護士さんも扱いに苦労したのでしょう。
リハビリもなく入院患者のように寝たきりにさせられているうちに、
祖父は起きあがらなくなり、それでもベッドの上で暴君ぶりを発揮して、
点滴も食事も「いらん!」と大声で拒否する厄介者に。
肝心の祖母が「嫌がってるのに食べさせないで」とかばう愚かさを見せ、
じゃあ私達はただ身の回りの介護するための人員ではないので、
食事をとらせて頑張って元気にさせるつもりがないなら、
今後どうするつもりかと看護士長に問われるようになった頃、
祖父は点滴が体を循環しなくなり、急激に弱っていきました。
それでも頑固に食事を食べない、水を飲まない、
無理にとらせることを家族が拒否する、
結局祖父は倒れてから半年間、
自分で自分の命を縮めていくようでした。
死と闘う という言葉がありますが、
祖父は今、死のうとして、死を得ようとして、
それに向かって闘っているようであり、
けして、死なないように頑張っているのではないように見えました。

終戦のあと、奈良県から、
親の言うままに顔も知らない祖母のもとへ婿養子で迎えられ、
祖母の権勢のもとで大人しく祖母の畑に鍬をふるい、
ただ一途に国鉄で駅員をして貯金をし、
退職金とあわせて新しい場所に家を建てました。
土地も田畑もみな祖母の実家のものでしたので、
たったひとつ、老齢にさしかかったときに、
ようやく手に入れた自分のマイホームでした。
私が知る限り、祖父の誇りはその一点で、
いつもいつも、「おじーちゃんの家はすごいやろー」
そう言って、二階の欄干から一緒に外を眺めたものでした。
私の過ごした実家は一階建ての平屋だったので、
祖父母の家へ行けば家の中に階段があることすら羨ましく、
太陽がふりそそぐ欄干で干した布団はいつもふかふかで、
ほんとにおじーちゃんの家はすごいんだと思っていたものでした。
その家で、丹精こめて大事にしていた庭を眺めて、
祖父は逝くつもりなのだとばかり思っていた私は、
「もう世話ができない」と音をあげた祖母を憎んだし、
じゃあ引き取りたいといった私や母に、
婿養子の時代を過ごした今私が住んでいる家には
絶対戻らないと激昂した祖父になすすべもなかった。
何より同居していた嫁には「出てってください」と言われる程疎われ、
取っ組み合いの喧嘩をするほど仲が悪く、祖父は孤立していました。
家族全員が祖父を見えないところへ追いやりたがっていた。
昔から人見知りで、旅行もせず、とにかく家にいたがった祖父から、
なぜこのたったひとつ、彼が建てたはずの家を
とりあげようという気持ちになるのか理解できないけれど、
とにかく現役介護士にして父親の介護を許されなかった母の悲しみは深く、
私達兄弟は母をフォローするので精一杯で、
気がつけば、祖父は死の淵をさまよっている次第でした。
去年父方の祖母の葬儀から帰る車中で、
救急車で祖父が運ばれたときいてから、ほんとにまだ日は浅い。
あれから憎しみだけがつのり、
私は祖母と口をきかない大人げない30代の孫になった。

祖父は私のことはとっくの昔に忘れているので、
病室の入口で声をかけると、看護士さんを相手にするように話しだします。
でも目の前に立つと、腕をふって、突然激しく怒ります。
「開けろ!どけろ!」
祖父の部屋は、とても陽当たりがいい。
良すぎて体の水分が蒸発してしまうのではないかと思えるほど、
太陽の光がさんさんと降り注ぎます。
祖父はその光を、自分からわざと浴びているのでした。
だからその光を一時でも視界から、さえぎる私を怒るのでした。
溶けかかった頭で、誰も寄せ付けないように姿勢を丸めて、
ただ太陽の光を浴びることだけに執着している姿に目を見張ります、
ああこれが動物の本能なんだろうか、自然の法則なんだろうか。
あの二階の欄干にふたりで並んで外の景色を眺めて
「おじーちゃんの家はすごいだろうー」と自慢した
あの日も太陽の光をいっぱいうけて、祖父は満面の笑顔で輝いていました。
畑に行って一緒に芋を掘った祖父の姿も
やはり太陽を一身にあびていました。
目を閉じて思い返せば祖父の姿はいつだって、太陽とともにありました。

好きなもの、日本酒と相撲を見ること。
他にはなんの趣味もなく、
きらびやかに着飾って出歩く祖母の動のエネルギーと、
まさに対称的なひとでした。
もうすぐ命がつきるとき、
あの家でなく、畳のうえでなく、あの白い四角い病室でそれは起こる。
戦争を生き抜いたあのひとを、
沢山の犠牲者を出したにも関わらず、
貴重な命をこんなふうに無念のまま死なせていいのかなって、
どこかで罪悪感が私を支配してやみません。
だから眠れないのか、だからうまく笑えないのか。
また、何もできずに見送ってしまうのか。

でもそのとき、その瞬間、
おじーちゃんにとって最後の日。

太陽が降り注いでいる時間だといいな。お昼だといいな。
私ができることは、ただそう願うことだけ。
雨の日じゃないといいな。 曇りの日じゃないといいな。
お願い、からっと晴れた、夏の太陽の日でありますように。
おじーちゃんをその瞬間も、光で包んだままでいてください。









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Category: 鳥以外のこと
Published on: Wed,  05 2009 12:05
  • Comment: 4
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- 4 Comments

ぴこたん  

はじめまして
母方の祖母が去年亡くなったのですが、食事拒否を始め次第に体が食べ物を受け付けなくなり弱って行く姿を見るのは辛いものでした。
1人暮らしの祖母は叔父と同居を望んでいて叶わず生きる希望をなくしてしまったのです。
口癖は早くお迎えが来てほしいでした。
私の実家に近い施設に入っていましたが、母は叔父が祖母の財産を握っている関係で行くのをためらっていたし、私は遠方に住んでしたので数か月に1回会いに行くだけでした。
食べなくなって亡くなるまで3か月くらい会いに行く度小さくなり動けなくなっていくんです。
でも私がプリンをあげると美味しいと言ってスプーンを銜えて離さないような勢いで食べたんですよ。
それはショックで・・本当は食べたいんじゃないか、私が毎日通えば食べるんじゃないか、悩みました。
亡くなってからも堂々巡りでしばらく眠れなくなりましたが今は祖母は楽になったんだなって素直に思えるようになりました。
おじいさんは目を瞑っててもお日さまの光が見えてると思いますよ。
長々とごめんなさい。

2009/08/05 (Wed) 21:47 | REPLY |   

mayuko  

戦争

私の母の足、腕には貫通銃創があります。旧満州でロシア兵に追いかけられ撃たれたとのこと。小さいころから聞かされていた戦争。
火垂の墓という作品がありましたが、あれが普通だったといいます。戦争を知らずに育った世代。でも、傷跡は、母の体に残っています。その母に、虐待を受けて育った私。昔はそれが普通だと思ってきました。いまでも子供を叱り、叩く光景を見ると、それを躾といわれても、私の心は、耐えきれない。
死。不変のテーマです。いつか来る事に向かい合わなくてはいけない。私は、未だ父親の死しか経験がないのです。喪服の着物も、嫁に行くときに作ってから一度も袖を通したことがありません。幸せなことなのでしょう。
戦争。意味のないことに、どれだけの犠牲が払われてきたことか。
平和ボケしているこの国。未来は、あるのでしょうか・・・
思いをはせて。思いは通じます。

2009/08/05 (Wed) 14:53 | REPLY |   

ねね  

いま、娘の大嫌いな真っ黒い布で服を縫っています。普段は出来上がる過程が楽しいのに、今回は見るたび鬱な気持ちになります。
黒い靴と靴下、白無地のハンカチ。
我が家も高齢の祖母がそうとう具合悪くなっていて、死を得ようとしてという表現が、とても腑に落ちるのです。
もう、今となっては、なにをどうするのが正解だったのかわかりません。ただ、行こうとする人がすこしでも安らかな気持ちであって欲しいと祈るばかりです。

2009/08/05 (Wed) 14:42 | EDIT | REPLY |   

アル  

なぜか…涙が出ました。会社なのに…。

私もからっと晴れた天気であることを願っています。

2009/08/05 (Wed) 13:51 | REPLY |   

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