恋する小鳥

Irreplaceable 

70万アクセス記念「恋するエジプト 砂漠編」

この写真大好き


昨日、ここにエジプト編をのせるために写真を掘り返したことで、
色んなことを思い出してしまい、なかなか眠れませんでした。
もう忘れたと思っていたことも、次から次から
まるで炭酸の泡のように湧いてきて、
目の周りでパチパチとハジける音がしていました。
まだ、鬼門なのか。

といって、ザリガニとか、変な女とか写真見せられた方すいません・・・。
鳥ブログなのにエジプトてー ってかんじで、
あんまり興味ないと思うんですけど、
今日はよくここに書いてきた、砂漠のオアシスについてです。

戸惑ってたような

カイロからバスで6~8時間ほどかけて、
郊外の砂漠へ行くようになり、
最後のほうはそこで細々とガイドをして、お金をかせいでいました。
カイロでも、それまで色々欧米人を狙ったテロはあったのですけど、
ハトシェプス大神殿で日本人のハネムーン客が銃撃されるテロがあり、
関空から直行便が飛ばなくなったため日本人の観光客が来ず、
沢山の日本人ガイドが職を失って帰国するようになりました。
私は熱烈に恋に堕ちていたので、現地で結婚するもんだと信じて疑わず、
カイロ大学の日本語学科の大学生たちの家庭教師をしたり、
宿題や論文の校正をしたりして、景気が回復するのを待って
なんとか食いつないでいました。
また、当時砂漠ツアーや、モーセのシナイ山を登る巡教登山は、
たいした遺跡もない厳しく辛いツアーで、観光地とはいえなかったので、
テロリストの標的にあうことはないため、細々と仕事がありました。
そして、ツテのあった私はそこに頻繁に行くことになります。
そこはレンガつくりの家を建てて一応の農村といえる場所を拠点に、
バンガローがあり、砂漠のキャンプツアーに連れて行く、
いわば砂漠の窓口でした。
砂漠へ行きたいと胸躍らす観光客のほとんども、
この村へ到着した頃にはカイロから延々と続く砂漠に
既におなかいっぱいになってるんですが、
バンガローに泊まって、翌日キャンプへジープで出かけると、
それはもう地平線がただただ続く異次元の美しさに、
本当に生き生きと楽しんでくれていました。
この写真の子たちのように、ところどころ水が沸いている場所には、
植物が茂り、遊牧民がひと家族分だけ、
孤立して暮らしていて、そこを訪ねるのも楽しかったです。

猿の惑星のセットのようでした

夜はこの石灰のきのこの間に毛布を敷いて
月と満天の星を見ながら寝ていました。
星というのは常に動いてるんじゃないかと思うほど、
次から次から流れ星が流れて、この身に降って来るようでした。
私は死んだら、骨をここにまいてもらうことにしています。

さよなら

夕焼けはいつも、どピンク。
ここでは、たとえ第三次世界大戦が勃こっていたって、
絶対に安全なんじゃないかと思えるほど
軍がひそんでくるとは思えないほど、隠れる場所がなにもなかった。
敵は、狼、さそり、蛇、フェネック、そして水がなくなることくらいで。

後ろの子が・・・!

ここでは、写真そのものがまだ珍しかったため、
ちょっと仲良くなると、

「俺の息子を撮ってくれ」

みんながこぞって子供をつれてきた。
カイロで現像したものを次にあったときに渡すと、
ほんとうに喜んでくれて、だからお金がなくてもフィルム代は沢山必要だった。
いまみたいにデジタルカメラがあったら、
もっと沢山撮影してあげることができたのに。

とってもキュートなんです

オアシスの子供は、抜群に可愛いと思う。
砂埃から守るために睫毛が長くてふっさふさで、
沢山歩くので頬はみんなバラ色だった。

これでも金持ちのほうだった

日本に帰国したあと、仕事で子供を預からなければならなかった時に、
「S子さんって子供と仲良くできるんだ」
っと、ものすごく周囲の人間に驚かれた。
子供なんか見るも触るも大嫌いに見えるらしい。
でも私は子供たちが実は大好きだ。
それは子供としてじゃなく、どっちかというと同じ精神年齢として
「仲間に会えたー」
みたいなかんじじゃないだろうか。
ここでも、遊び友達のほとんどは村の子供たちだった。
毎日サッカーをして、ボール投げをして、泥だらけになって、
女の子の髪を編んで、花を摘んで、
小学校の教科書で、子供たちに勉強を教えてもらったのは私のほうで。

生意気だった

・・・一応★マークを張ってみました。
見苦しい醜い写真をさらしてごめんなさい・・・・。

彼氏きどり

この緑のがきんちょは、10歳だったのですが、
お父さんがバンガローのオーナーなので、
将来有望な村一番の金持ちの長男でした。
10歳とはいえ精悍な風貌でとっても美少年で、
私と結婚しようと何度もキスをくれ、
本当に10歳と結婚してしまいそうでした(日本じゃ刑事罰かしら)。

どうなってることやら

ね、彼氏きどりでしょ・・・こんなポーズの写真が山ほどあるんです。
キスもディープキスなんですよ、このガキんちょだけ。
今頃はきっとものすごい色男になって、
観光客を引っ掛けてることと思います。
お父さんも第三夫人までいまして、

「なんといっても肉はブラック(黒人)が最高だ」

と、平気で最低な差別的なことを言う、真の変態でした。

牧師さん

同い年くらいの若い友達や少女たちもいっぱいいたのですけど、
この村ではまだまだ女性や未婚の若いひとを写真に撮るのはタブーで、
結局撮れたのはおっさんや少年ばっかりでした。

なつめやしの下で

私が一番かわいがっていたロバとヒツジ君。

やせてるなあ・・・

エジプトでは馬やロバが現役でどこででも働らかされていますが、
野良犬を見ていてもそうですが、動物の扱いはとにかくひどくて、
民族的な価値観の違いでしょうが、
動物に対するお金なしの愛情はまったくないといえます。
都会のカイロでも鞭で殴られ、痩せこけ、
可哀想で目を覆いたくなるような悲痛なロバをよく見ましたが、
この田舎の村でもロバは農作業で酷使されていて、
やっぱりかわいそうでした。
私はもっとロバを大事にするように、何度激怒してつっかかっていったことか。
ロバはエジプトでは「間抜け」の総称で、
「おまえの母ちゃん、ローバ」は、
「マザーファッカー」とおんなじくらい最低の言葉だった。
ロバは一度でも大事に体をなでてあげると、
涙をこぼして身をよじって喜ぶし、絶対に覚えているし、
一ヵ月後に会ったって、向こうから気づいて走ってきてくれる、
喜びでべろべろとなめてくれる、ほんとうに賢い動物で、
どうして温厚なエジプト人がロバをあれほど虐待できるのか、
いまだによくわからない。
だけどアラビアンナイトが残酷な物語だといわれるように、
上記の黒人の話ではないけど、ニコニコとした表情の下に
どこかにとても残虐な血を持っているのがアラブ系アフリカ人の特徴で、
だからこそテロが起きたり、圧政を強いたりするんだろうけど、
彼らは表裏があって、
いつもどこかで爆発しそうな恐怖は耐えることがない。
だから面と向かって大人達を制していくことはできないし、
だけどロバにも尊厳があるのだということを、残してから帰りたかった私は、
ハエがたかってようが、涎が糸ひいてようが、病気がうつろうが、
いつだってぎゅっと抱きしめて、チューをして、
その姿を現地の子供たちに見せ続けた。
するといつも

「こいつロバとキスした~!」

日本のえんがちょのような扱いで子供たちがぎゃーっと散っていき、
その一瞬だけ嫌われ者になったりした。
あとで子供たちが一生懸命、大人たちに報告していたのを知っている。
今あの子達は大人になって、彼らの親世代と同じようになってはいないだろうか。
草をはむだけが生きがいだったあのロバ達を
大切にしてくれているだろうか。

浮いてるみたいだった

このひとは、大切にするよと言ってくれた。
私がいなくなっても、馬やロバを大切にするよう、
子供たちに伝えていくよと言ってくれた。
本当は、ロバにキスをしてみせる私のせいで、
心無いひとから、「あいつも日本人のロバだ」とあざ笑われていたのに、
平気な顔で私に気づかせなかったひと。
大好きだった人。

このブログに、昔の恋話として書いたことのある、
たったひとり、言葉がまるで必要のない、運命のひと。

 (過去記事はこちら→「愛することは守ることですか?」)

いつもお下がりの変な服を着ていた

地上5mくらいのところで、
平気でほいほい棒の上を歩いてた。
向こうの男性はみんなそんなかんじ
生まれ持った抜群のバランス感覚で、サッカーが強いのがよくわかる。
この村じゃみんな適当にレンガをちょっと買ってきて、
少しずつ家を増築していく。
こうやってふたりでレンガを少しずつ買って、一部屋づつ家を建てようと
話し合いながらシャッターを切った写真だったことを、
ゆうべ思い出した。
その夢は叶わなかったけど、
きっと彼は家を建て、違う誰かと朝起きて夜眠り、
なにもかもを抱きしめているんだろう。
子供がひとり増えるたびに、レンガを買ってきて、
部屋をつくってあげてるんだろう。
それでも、生きて幸せに暮らしていてくれるなら。

私も変な頭だった

右の短い足の女が私で、
真ん中が彼で、
左側がツアーの運転手。
左の運転手は知的障害者で、知能が8歳くらいしかないということに、
あとになって気づいた。
キャンプツアーに出ると、砂漠で寝た場合はトイレに行くとき
お客さんもガイド側も音が聞こえないよう遠くへ行くもんなんだけど、
このひとは夜中にむくっと起きて、
突然そのへんにじょぼじょぼと排尿をしだして、お客さんをびっくりさせてしまった。
彼に聞いてみると、どうやら夢遊病の気があることがわかった。
どうやら私はこの運転手君が舌ったらずで喋ってくるのを、
自分の語学が足らない分、ゆっくり話しかけてくれているだけだと
思い込んでいたのだ。
一見 平気で車を運転し、砂漠を乗りこなすその腕には間違いなかったし、
彼も大事にしていた友人だったので、私も文句はなかったけれど、
何ヶ月か後には姿が見えなくなって、
彼に尋ねると「刑務所に行って死んだらしい」と聞かされた。
事実なの?と問うと、「さあ、そうなんじゃない」と不確かで、
エジプトは適当にものを言うひとばかりなので、真実かどうか今も知らない。
わかっているのは、村では、神様の子として大切にされていたことだけ。
もしかしたら生きていて、いつか、会えるかもしれない。
そしてもう一度、生きているうちに、
大好きなあのひとに逢うことができるのかな。
旅行客となってもう一度訪問すれば、
バレずに遠目から彼を見つけることが出来るだろうか。
それとも堂々と、
「ハイ 元気?久しぶり」
彼と彼と同じ顔しているはずの奥さんに
私は握手ができるだろうか。
その子供たちを抱きしめて祝福を告げれるだろうか。
逢いたいと、思うことは罪ですか。


生き生きと

最後に、鳥ブログなので、鳥写真をひとつくらい・・・。

鶴?

これは鳥を食べていた ワニです。

頭です

ワニを見るたび王家の紋章を思い出すのは私だけでしょうか・・。









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遺跡編は、またいつか・・・

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Category: 恋するエジプト
Published on: Thu,  22 2009 13:03
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エジプト バハレーヤ バハレイヤ オアシス 砂漠ツアー

4 Comments

冬花  

何年も前のこととは思えない、つい先月のことが書いてあるような感覚で読ませてもらいました。
素晴らしい時間は永遠に色あせない。
それにしても、お金持ちのキス少年、自信たっぷり顔ですね。
今は、さぞかしやんちゃな青年になってるんでしょうね。

2009/10/22 (Thu) 22:00 | REPLY |   

おし乃はん  

はじめまして

素敵な記事を拝見し
改めてエジプトのこと
違った目で考えられそうです。
ありがとうございます。。
読みながら胸がいっぱいになりました。
ちょっとかさかさになってた心が
潤った気がして。。
初コメントなのになれなれしく書き込んでしまってごめんなさい。

2009/10/22 (Thu) 21:28 | REPLY |   

S子  

ハリス様へ

ごっ、ごめんなさい・・・
もっと陽気に書くつもりだったんですけど、
書いてて私も毎回涙目でした。
そうですね、きっと一生分の恋を
ここでしたんだと思います。
もう十分、そう言えるほどに、
ひとを好きになったとおもいます。

2009/10/22 (Thu) 17:02 | REPLY |   

ハリス  

砂漠編・・・・、楽しみにしていたのですがとても、切なかったです。

きっと一生忘れない、痛みとともにこれからも何度も思い出す思い出なのでしょうね。

いつかは、微笑みながら思い出されるようになるといいですね・・・。


2009/10/22 (Thu) 15:29 | REPLY |   

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