恋する小鳥

Irreplaceable 

身代わりを信じますか

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ぼけぼけ・・・


羽衣さんはどれもすくすく育ってきているのですが、
マメルリハさんはなかなかうまくいかない状態です。
巣箱のなかでの死もあって、ちょっと落ち込み気味です。
秋もやめて、春だけにしたほうがいいのかな・・・。
よそさまは元気に生まれて育っているようなので、
うちの山の寒さがまだコントロールしきれてないのかと、四苦八苦です。

私は沢山小鳥と暮らしていますので、
ほとんどの皆様よりも小鳥の死に目にあうことが多いです。
ちゃんとやれば育たない雛はいないだろう という信念でやってきましたが、
そうではないことも、今では痛いほど思い知っています。
だからよくいただく「小鳥が死んでしまって」というお手紙やメールのなかの
飼い主さまの悲しみに触れることにもずいぶん耐性ができてきたし、
「それを言うなら私の罪のほうがどんだけ大きいことか」
そう思えるので、どうか元気を出してください、きっと乗り越えられますと、
言葉を綴るときに、素直に願えるようになった。
でも自分のなかで死が出ると、辛い、今でも辛い、ああ向いてない。
こうなったら本気で獣医になるために大学へ行きたいと思うようになった。
ただし苦手の数学と寄生虫・・・・。
この夢はそのふたつを克服できるかにかかっているので、
実現は難しそう、夢ですね、夢、ないかしらほかに小鳥の医術を学べる方法・・・。
まあ、とにかく今は自分のやるべきことをやっていくだけですね。

よく動物の死に際すると、京都だからというわけではありませんが、
私のまわりのひとはみんな「よかったなあ」と言います。
これは「死んでよかった」と本気で喜んでいるというわけじゃなくて、
身の回りの動物が悪いことを身代わりにして死んでくれた という意味ですね。
よく皆様のまわりでも、そういったことを言われる方がおられるかと思います。
特に昔のひとはよく言ったものでしょうか、私のまわりのひとも
そういうこと言うのはみんな年配の人が多いです。

そういうスピリチュアルなことが本当にあった というお話は、
たくさん本になって出ていますし、伝記なんかにも登場しますよね。
この科学の時代になにを・・・ってかんじですが、
昔の、もっと自然と人間が調和して生きていた時代には、
当然シャーマンがいて、今のネイティブアメリカンやアボリジニのような、
自然と呪術のなかで、動物とソウルとエネルギーを交換しあいながら
共存して生きている民族が沢山いました。
昔の王様たちの肖像を見るとよく、
獅子や猿やオウムなどと一緒に描かれているものですが、
昔は王様が死んだり病気になったりすると大変なので、
その身代わりになるように動物を身の回りにはべらしていた。
ペットの起源はエジプトの猫であり、彼らは神の化身でしたが、
昔のひとは、今の私たちよりもずっと、もっと
動物たちの持つオーラやエネルギーや神秘的なパワーや、
そして言葉を理解したのではないかといわれています。
どうでしょう、ううんどうかな、霊的なもの、皆様は信じますか?
私は死んでしまったシュリには逢えました、
オスカルには逢えません、マックにも逢えません、
逢いたいと願った子には逢えた気がしますが、
「次は人間のペットではなく、大自然で野生として今度は生まれ変わるんだよ」
そう願った子には逢えないままです、夢でなら、すこしだけ。
だから多分、自分で逢ってもいいと思った子だけは幽霊を見たような、
そんな脳の誤作動だとますます思えてきました。

なのに、なんだか、元気なんです。

私の体は一般的な範囲で、腎臓と婦人的欠陥の持病がふたつ。
特に入院したり手術したり通院したりするほどでも、もうない、
ほんとにたいしたことのない症状。
あとは喘息と、肥満と・・・まあ、普通。
五体満足には違いない。
でも、鳥を飼うまでは具合が悪くなることが多くて、
数年に一度は入院してきたし、暴漢にあってぼこぼこに殴られたことも、
外国で薬をまぜられて何日も朦朧としたことも、車にはねられたことも。
だけどそれらがぴたっとなくなって、
いつも病気になるたび駆けつけてきた父に会うことがなくなって。
色んな親族や知人の死は続いたけど、自分の体調はおかしいほど悪くなくて、
風邪もほとんどひかないし、インフルエンザもない、
「健康になったなあ」と兄弟にも驚かれる、おかしい、食べてるから?
鳥たちと暮らせてハッピーだから?
ここで日記を書いてるので、自分の状態に気づきやすいから?
綺麗な花を見て細胞が喜んでるから?毎日空気の美味しい山に長時間いるから?
有力なのは、ただ単に年をとって、無茶な生活をしなくなったからかもしれない。
でももし、もしですよ、
鳥たちがなにかしら、私の悪いエネルギーを
その身に受けてくれているとしたら、
引き受けてくれているとしたら、

それはどうして恩返ししたらいいんだろう。
それはどうやって止めてあげたらいいんだろう。

もし目の前の愛する小鳥が苦しくなって、
それが自分の悪いものを代わりに受けてくれているとしたら、
そんな悲しいことはあるだろうか、ありがとう と言えるもんか。
なのに、死んでしまったその子を見て、誰かに「よかったね」そう言われるたびに、
つい感謝してしまう、ありがとう、ごめんね、あなたのおかげでまた生きられる、
だからもっと、いいことして生きるね、もっといい人間になるね、
そんなことのくりかえし、毎日毎日、小鳥やうさぎの体調をチェックして、
とにかく元気でいてくれないと、そうおびえてくらす、生き物を飼うということは
楽しくて幸せなはずなのに、深く愛せば愛するほど、
毎日やらねばならない、mustとshould、気を抜けない、心配はやまない。
もの言わぬものを愛するということは、ほんとうに苦悩の連続だ。
それは薔薇であっても、草木であっても、大事な田畑であっても、おなじこと。
私たち全員の意識がみんなつながるようには、神様は作ってくださらなかった。
人間は同じ人種の言葉しか理解できない、それを読み解くために、
経験をついで、情報を集めて、そして多分あっというまに死んでいく。
私はまだこんな程度なのに、小鳥と暮らすようになって
もう五年も六年もたってしまった、だけど数が増えれば増えるほど、
混迷していく事態に収拾をつけるので精一杯な自分もいる。
ひとりで全部やりたいのに、目の前のことに対するには、ひとりすぎる気がする。
だけど、引き下がるのもいやで、もがいた一年、
あとまだ、20日、でも、また年がかわる。
鳥たちはわたしでいいんだろうか。私は間違っていないんだろうか。









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Category: ペットロス
Published on: Thu,  10 2009 11:15
  • Comment: 6
  • Trackback: 0

- 6 Comments

S子  

phebee様へ

彼らを忘れないことが供養になる・・・そうですね、
なると思います、それ以上の辛い思いはないですし、
悲しみを抱えることと、忘れないことが同じになる、
だけど それでもあえて忘れられないことは、
きっと愛情がそれだけあったということだろうし、
それだけ愛されオーラに包まれていた生前の楽しい幸せな気持ちを、
きっと猫ちゃんたちも感じたまま逝ったと思うのです。

2009/12/15 (Tue) 11:17 | REPLY |   

S子  

むーぽぽ様へ

エネルギーの引き合い・・・なるほどです。
そのように思っていいんでしょうね、そうだと思います。
これからどれだけがんばれるのかわかりませんが、
沢山の小鳥たちとの出会いと別れを全部まるごと引き受けていられるような
強い人間になりたいです。

2009/12/15 (Tue) 11:12 | REPLY |   

S子  

ふろいらいん様へ

コメントありがとうございます。
私も、多分ほとんどの小鳥を亡くしたことのある鳥飼いさんが、
ふろいらいん様と同じような気持ちで今を生きているんだなー と実感しています。
がんばって育てる、でもだめだったとき、ちゃんと感謝する。
すべての思い出を覚えていられなくなるときもあるけど、
一瞬一瞬を後悔しないで鳥たちと接していければと思います。

2009/12/15 (Tue) 11:10 | REPLY |   

ふろいらいん  

共通の言葉が無いからこそ、神様は双方にそれを超えて相手を理解しようとする心、伝えようとする気持ちを授けて下さったのでは・・・と思うようになりました。

とある先生も同じことを仰っていました。
『我々に降りかかってくるものをこの仔たちが肩代わりしてくれている』と。
そして、一度は大空に羽ばたいたけれど戻ってきた仔たちを見て『この仔たちは強運を持っているから、大切にしてください。ご家族にもきっと良い運を運んで来てくれますよ』とも。。

鳥たちは、私達の様に喋れないだけで、実は私達の数倍もの愛情で包んでいてくれていて、私達の方が幸せにしてもらっているのかもしれないなぁ・・・なんて、その時は漠然と思っただけですが。。。

数年の月日が流れて、亡骸を前にしたときは、私達はこの仔に『ありがとう、先に行ってるよ。』って思ってもらえるほどの気持ちで接していただろうかと、やっぱり後悔はあって、後からあとから涙が出てきて止まらなくて・・・

―― ありがとう ゆっくりおやすみね ――

そう言うのが精いっぱいでした。
それは自己満足かもしれない。
どこまで行っても、自己満足でしかないかもしれない。でも、本音でした。

後悔がある分、きっと、忘れられないと思います。


そして、きょうも、さまざまな出来事を共有しながら、きらきら輝いている命と向き合っている私がいます。

2009/12/11 (Fri) 17:45 | EDIT | REPLY |   

ムーポポ  

エネルギーの引き合いがあるんだと思います。
私もそんなに信じる方じゃないけど、だけど経験あります。
理屈じゃ割り切れない、旅立った子との交信。
小さい頃も、大人になってからも・・・・・

一所懸命の最中、人は倒れないものなのでしょうか。
こぎ続けなければ倒れてしまう、そんな綱渡りわかります。
「私でいいんだろうか」、とても自然な疑問です。
何度も自分に問いましたねえ。

でも命は毎日生まれてる。それが事実。

室内で生きる運命のものは、放棄=死、なんですよね・・・・
だから、あなたがいるのじゃないでしょうか。

メールの返信は気長にお待ちしますから、
どうぞご自愛くださいね。

2009/12/10 (Thu) 23:00 | REPLY |   

phebee  

こんばんは
私は息子が生まれて半月後、娘が生まれて半年後に餌付けしていた猫の子が死にました。
そして、引越しが決まったら親猫が死にました。
全部身代わりになってくれたと思ってい感謝しています。
彼らを忘れない事が供養になるのかな・・・


鳥の大学は千葉県にあったと思います。
せめて犬猫のように専門書が増えてくれることを願っています。

2009/12/10 (Thu) 22:30 | REPLY |   

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