恋する小鳥

Irreplaceable 

道化た一日

整いました・・的な?

今日は祖父の一周忌法要だった。
私はいつも書くのですが、両親の両家ともに親戚が大の苦手。
二年前の父方の祖母の葬儀では、十何年ぶりに
今書いている「おもいで」で私が脱出した親族の面々に会わねばならず、
苦い謝罪と、祖母を前にした後悔の涙、
腐ってもなお死んでない怪物との恐怖の再会、
繰り返される言葉の応酬、離散した家族の修復。
もう、どれをとっても失敗してしまった。
そして案の定、二度と会うのが嫌になり、
そのあとの法要はすべて欠席。もう以来父にさえ会っていない。

母方のほうは元々面識がないため、知らないひとばかりで。
すでに祖母と口をきかずに一年以上たってるし、
この一周忌も欠席すると伝えて仕事をいれてしまっていた。
私はあまり、法事や結婚式や葬式、成人式など式事に、
なんの意義も見出せないし、そんな自分が参加する意味もないと思うので、
これ以上ない無駄なことだと心から思う儀式の数々は、
一度は必ず断るようにしてる(仏教も習ったのに・・)。
でも、今回は内孫である本家の伯父の娘が
その日にネズミのお城へ行くので出れないため、
せめて外孫は全員そろってほしいと伯父に言われ、
仕事をキャンセルして参加した。
伯父の娘溺愛は昔からだけど、
祖父と一緒に暮らしていた一番かわいがってた孫娘が
遊びに行くから出ないというのはどうなんだとさすがにムカつき、
さらに今日はどしゃぶりのなかの法要で、
墓の前でびしょびしょになって線香も消える始末で、
なんか余計に鬱々とした気持ちが消えなかった。

でも、祖父は、太陽を好きだったあの祖父は、
定年してからずっと農作業を続けていて、
私は植物を育てるようになってから、雨がふると安心するようになり、
きっと祖父もそうだったんだろうとある日突然気づいた。
だから、雨がふりそそぐ墓石のてっぺんを見て、
祖父のはげあがった頭を思い出して、なんだか気持ち良さそうで、
「ああ、おじいちゃん、恵みの雨だねえ。」
そんな言葉を、少し呟いて。

今年はなんだか前のめり

蓮が、ほこってきました。
蕾もふくらんで、でもまだ、まだこれから。
今年は雨の日が多いせいか、晴れが少ないのか、
例年より立ち葉の立つのが遅い気がします。
心配だなあ。

小さいの色々

「道化」を演じてきました。
大広間で、貸切バスのなかで、
いくよくるよ姐さんのくるよちゃん的なかんじで。
「太って結婚できない三十路」最強自虐ネタで笑いをとりにいく。
コップを持参してひとりづつまわって、
注ぐのではなく、注いでもらう芸。
目の前で前のひとに注いでもらったのを一気してコップを空にして、
注いでもらって一口飲んで、騒いで、どんちゃん、声をあげて、
誰だか知らない親戚のおじさんもおばさんも、
最後は「今度会うまでに誰かいいひと探しといたる」
飛び交う社交辞令、飛ばす冗談、するりと出る嘘。
「あんた漫才師になったらよかったのに」
「明るいし、おもしろいし、毎日楽しいやろ」
ここに本当の私なんか必要ない。
まったくの作り物が笑ってはしゃいで、場が進む。
伯父が望む私の仕事はこれで、
だから精一杯飲んで騒いで怒られる。

暗いほうがかっこいい

それでも、雨のなか、京都まで来てよかったと、
この人たちは一瞬でも思ってくれるだろうか。


見知らぬおじいさんのお猪口で飲む日本酒が効いたのか、
睡眠不足もあって、今日はずいぶんまわってしまった。
あのひとは誰だろう、祖父の弟さんだっけ。

思い出すと恥かしく情けなくなるので、
いつも宴会のあとは後悔で死にたくなる。
仕事でやるときはいいけれど、兄弟の前でやるのはキツい。
でもしょうがない、子供の頃から、私の役はこんなだった。


それでも明日があるからね。


「3回忌のときはシュッと痩せてる」と公言してきたので、
あのオッサン達を驚かせるためにも、多少痩せようと思う。
そのうちこのブログは「恋するダイエット」になるかもしれない。
ジャンボじゃなくて細カナリアを飼っているかもしれない。

うん。なんか、また取り留めのないこと。
でも私、テレビに出るずっと前から
マツコ デラックスさんが好きだし、
確かにブラックマヨネーズの小杉さんはかっこよく見えるし、
だからそういうぽっちゃり?に愛がわくことってあると思うのよね。
ま、実際彼氏がいいって言ってんだからいいんだろうけど、
親戚とかっていうのはなぜか理由がないとダメなのよね。
私が「結婚しない理由」じゃダメで、
「結婚できない理由」を聞きたがる。
まあ話は尽きないほどあるから、いくらでも並べ立てられるけど、
このままいくと「いとうあさこ」さんみたいに、
「正直もうなんにもかんじなーい」になっちゃうので、
危機感だけは忘れず持つようにしようと思います。
うん、で、頑張ったご褒美に夕飯に
兄たちが私の好きな横綱ラーメンに連れていってくれました。
しかし、痩せると公言した後で、そのネーミングどうよ!
結局どすこいってしまうの、どうよ!
しかも取り放題の名物九条ネギが国産ネギに変ってたー!?


うん。大丈夫、またきっと、忘れて笑える。
こんなことが、立ち上がっては消えていく、
記憶の蜃気楼、
かすんで、
でもすぐそこに。

忘れたい記憶は増え続けて、記憶を消すダークマターが、
玄関についてればいいのにと思う。

でも、また明日。
そしてまた、その明日。







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Category: 恋するビオトープ
Published on: Sun,  04 2010 04:57
  • Comment: 4
  • Trackback: 0

4 Comments

S子  

てる様へ

いつも優しいコメントありがとうございます。
そうですね、人柄は、
肉体が消えてもなお、思いをはせられるものの
象徴でしょうか。

なんとなく顔の輪郭もぼやけてくるのに、
あったかいものや、凛とした、その雰囲気だけが
なんとなく残る、
それこそ人柄のにじみ出る とたとわれるものなのでしょう。
ありがとうございます。私も深く祈らなければ。

2010/07/05 (Mon) 00:36 | REPLY |   

S子  

鏡花水月様へ

いつも素敵なコメントありがとうございます。
そういえば太宰先生の本が読みたくなる季節になってまいりました。
今年はなにを読み返そうかと、
最近出た新表装の文庫本を本屋さんでとくと眺めていたら、
先日もNHKで特集をしていて、日本中が太宰シーズンにはいるのか と苦笑しました。
鬱々とした文章のなか、見出していただいた美しいコメント、
胸にきざみます。

2010/07/05 (Mon) 00:33 | REPLY |   

てる  

すべては人柄

今年は家も死別の年です。おじいさんや叔父さん、続いて今はおばあさんも入院してます。その場所の風土や仕事関係など利害関係があるから仕方ないですね ただ、改めて一つ思ったことは、人柄がかなり大事だということです。理屈じゃないですね、人を好きになるのと同じ様に お祖父様のご冥福を改めてお祈り申し訳上げます 合掌

2010/07/04 (Sun) 16:03 | REPLY |   

鏡花水月  

自作自演の演出・演技

 僕は営業職を8年ほど経験しました。
もと、技術職の自分にはひどくつまらなかったのです。サボってもよし、受注しても満たされず・・・・・・。
 そんなとき、上司に言われました。営業は
演出と演技だって。はっとしました。世間を
渡るのも演出と演技が必要ですね。
 政治家の皆さんも異臭のする演技してます。

 タイトルの「道化た一日」と内容から太宰治が
ふっと頭の中を通り過ぎました。
 1948年4月の福田恆存の文芸「道化の文学」、そして、昭和53年に購入した文庫本「人間失格」のはしがき、
 私は、その男の写真を三葉、見たことがある。……、本棚から30年ぶりに誘われてしまいました。
 

2010/07/04 (Sun) 15:18 | REPLY |   

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