恋する小鳥

Irreplaceable 

美しいということ

やっと書けるよ



美しいものを



羽がすごくて



美しいと、素直に言えるようになったのは、いつからだろう。

帯を扱っていたときでさえ、「美しい」などという言葉を使わなかった。
それはとても、かしこまった世界の、
作り物のような言葉に思えてた。
だからただ「綺麗やねえ」と。
「これはきれい」「ほんまにきれい」と。

でも今は、日常会話の中に、口をついてすぐに出てくる。

「美しい」「ああ、うつくしい」「うつくしーい」

何度も言ったよ。勝手に出てくるの。
知らないうちに、そればっかり言ってるときもある。
みんな、いつもそこにいて、
私はそれを、羽を、見ているだけの、いつもの時間。



これが多分素顔で


君が好きでした。






最初に、美しいと思ったオスカルという羽衣セキセイが、
事故のせいで、醜い顔になって、第三者がのぞきこんで、
なんて声をかけていいのか、わからず黙ってしまわれるほどになって、
親しいひとは、もう死なせてあげたほうがいいと言う始末で、
私はそれを、呆然と聞いていて、

でも、どこをどう見ても、
私にはオスカルが美しくてならなくて、
薄汚れていくオスカルが、生きている姿が光輝いて見えて、
可愛くて、愛しくて、もう、くるっくるー と、
巻いた羽衣が光線のようで、
ああなるほど、命が輝くということは、
こういうことなのかな と、驚いていた。
死に際から生還して、闘病して、
ない嘴で、自分なりに食べて羽をつくろう姿を見るたび、
「なんて美しい生き物を手に入れてたんだろう」って、思ったの。
「なんて美しいものと、暮らしているんだろう」って。
私は自分のその幸福に、
ちゃんと気づいていたのかなって。

それからとても、幸せで、
毎日、眺めていられるだけで、
今日また命がつながっているだけで嬉しくて、
オスカルに嫌われっぱなしだったのに、
私は毎日、目を合わせてくれることを望んで
名前を何度も呼んでせがんで。



オスカルが死んでしまって、
ぽっかり空いた穴に、どうしようもなく耐えられなくなって、
そんなときにようやく、伯爵にめぐりあえた。
オスカルの面影そっくりで、
似ているからといって代わりにしてはいけないと思いつつ、
つい「オスカル」と何度も呼んでしまった。
ときに間違えて、
ときにそう声に出して見たくて、
結局最初の三ヶ月くらいはずっと、
この子はオスカルと呼ばれてた。
でも返事をせずにただじっと私を見る伯爵の目を見ていたら、
なんだか「違うよ」と無言のうちに責められているようで、
ごめんね ごめんね と謝って、
そのままよく泣き崩れてた。
ぶりかえしたかのような、ペットロスを乗り越えられたのも、
みんな、伯爵の、可愛い顔のおかげ。
黄色い顔に、青い鼻が咲く。
ふわふわの顔に、どんどん釘付けになっていった。
オスカルの、想い出も、
伯爵の、想い出も、
最後に「永眠」という形がついてくること、
それをすっぽり抱きしめて、全部胸に溶かして、
もう、ちゃんと受け止められるようになった。
もしかしたら、故意に自分のなかのどこかを鈍化させるようになった。
感情に、日常が引きずられないように制御をかけるようになった。
そうでなくては、ここまで来れなかった。
小鳥を好きになって、小鳥に笑ってほしくなって、
小鳥を飼っているひとがみんな好きになって、
お手紙やコメントをくれるひとが、みんな笑ってほしくなって、
最初はただ、オスカルの介助的要素を、どうにかして工夫してみようとした。
それがいつのまにか、小さな「cotte cotte」になった。
カラフルなものを、集めて毎日なにかをつくる。
私が目指している色は、
みんな君が持っていた。
君たちがみんな持っている。




引いてたよね いつも


伯爵は、子育てを自分でするくせがあって、
伯爵の奥さんは、繁殖にはいると伯爵からごはんをもらう癖があって、
本当は、夫婦で巣箱に餌を運べばいいだけなのだけれど、
奥さんは、外に出てきても自分では食べず、
雛のように啼いて伯爵からごはんを口うつしでもらわないと承知しなくて、
伯爵は、いつも食べては大量のごはんを巣箱に運んでいた。
他んちのように夫婦で交代することなく、それをひとりで担ってた。
だからほんのまれに、吐き戻しし過ぎというのがあるのか、
疲れてしまうことがあって、
そのときは、劇的に痩せてしまうため、
雛を諦める勢いで外に出して隔離してごはんを食べさせてきた。
そうやって注意深く、もう何年もやってきたのに、
この間、のぞくとそこに、いてくれなかった。
いつも、私が部屋に入ると、必ずスタンバイにはいる姿が、
そこに見当たらなかった。
まさかと思って、巣箱をあけたら、
ぽとりと亡骸が、落ちてきた。
あわてて、なにかと受け止めたら、
それが、伯爵の、あの美しい伯爵の体だった。
亡くなったはずなのに、
とてもあたたかくて、
見ると、伯爵の体にずっと温められていた雛たちが、
突然の寒気に、驚いてそわそわ動いていた。
そっと雛を触ると、それは暖かくて、
ずっと、一晩中伯爵が守っていたのだと、
そう気づいたら、もう耐えられなくなった。



ありがとう




君がいないなんて。



小鳥を飼えば飼うほど、
はかない命に毎日毎日、
でも、でもね、でも、でも、


私はあなたたちと、やっぱり暮らしたい。
こんなふうにしか、さよならできない生活なのに、
それでもやっぱり、あなたたちと暮らしていきたい。
駄目かな、無謀かな。
忙しいひとは、諦めるべきかな。
もっとちゃんと、生かせられるひとであるべきだよね?
もっといつもそばにいれるひとであるべきだよね?
でも私は、きみたちがいいの。
犬でも猫でもなく、鳥がいい。
そばにいてください。
もういっかい、チャンスをください。


泣いても泣いても、叫んでも、懇願しても、
君が目を覚まさない。






ごめんね、伯爵。
いっぱいありがとう。
バイバイ、またね、元気でね。
こうなったらもう、
天国で、会いましょう。
必ず行くから。
それを目指して、必死で生きるから。














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Category: ペットロス
Published on: Tue,  31 2012 23:18
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6 Comments

潤の母  

伯爵お父様の愛情と血を受け継いだ潤 やんちゃだけど穏やかで愛情たっぷりの世話焼きな子に育ってますよ。
愛する子を失った悲しみは痛いほどわかります。
どれだけ涙をながしても心の整理なんてできませんね。
私も 潤に、ふうちゃんって言ってしまうことがいまだにあります。
伯爵様のご冥福をお祈りします。
S子さんの子供で伯爵様 幸せな一生だったと思います。

2012/02/02 (Thu) 21:50 | EDIT | REPLY |   

ありがとうのコメント書いた者です  

訂正

すみません。名前入れ忘れたら、勝手に「鳥に興味津々さ」になってました。ごめんなさい。

2012/02/02 (Thu) 14:58 | REPLY |   

今日の鳥友達  

ありがとう

天使のような鳥さんですね。羽色も光に透けて輝いているみたい。奥さんと雛達に尽くして、この世に在りながら本当の天使のような生涯に思えます。神様の元に帰っていったの?鳥さんはじめ生き物は、何の見返りも求めず、一生懸命に命繋いでますね。私たち人間には真似できません。お父さんに貰った命、雛ちゃん達、頑張って生き抜いてね。涙が止まりません。

2012/02/02 (Thu) 14:52 | REPLY |   

ぴぃちゅくん  

ああ・・

全部読み終わったら、気が付くと、ほろり。と、泣いていました。
いいこ。

2012/02/02 (Thu) 00:06 | REPLY |   

nabi  

・・・泣きながら読ませていただきました。オスカルの怪我の時からブログを読ませていただいていただけに、オスカルへの郷愁を一緒に感じていました。でも、それ以上に、伯爵自身の、パパとして最後の瞬間まで雛を温めていたという、彼の子供思いの優しい姿に胸をうたれました。お父さんにそこまで愛されて雛たちは本当に幸せだったと思います。
うちでもインコたちの、愛する者への時に献身的すぎる姿を見ることがあり、伯爵の様子が目に浮かぶようでした。オスカルに似ていたことが出会いのきっかけだったと思いますが、伯爵はこんな温かい心をもった素敵な子だったのですね。。。そしてきっと、伯爵もS子さんに愛され、幸せな生涯を送ったんだと思います。

2012/02/01 (Wed) 18:17 | EDIT | REPLY |   

今日の鳥友達  

きゅあ

儚くて美しい子達。
伯爵様の精一杯生きた証は、子爵ちゃん達の中に確かに受け継がれていきます。
今頃オスカル様と語り合っていることでしょう。。。ありがとう伯爵様。

2012/02/01 (Wed) 11:02 | REPLY |   

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