恋する小鳥

Irreplaceable 

eat=fun

喜びのイメージ・・・?



おもちゃを作り始めるまで、漠然としてはいたのですが、
「小鳥さんというのは、eat と fun が、ひとつであること
そのことにたどりついたことが、
cotte cotteのベーシックコンセプトの
ひとつになってきているような気がします。

私がこれまで読んで得てきた「正しい小鳥の飼い方」では、
餌がまず大事で、常に満たされていることが大事で、
粒々の種それぞれの栄養のこととかは沢山書いてあって、
おもちゃはそのほかのページにあるくらい二の次、三の次で、
小鳥さんは飼い主と会話とか手乗りとかを楽しんで、
ひとりでは放鳥で翼を広げて飛んで、のびのびとして、
ブランコに乗って鈴をつついて、
鏡見て仲間がいる気になって、気づいたら夕方になる。そんな感じ。
食べることがエンターテイメントなんだ、
食べることが楽しいんだ、面白いんだ、
だから生きるんだ、だから朝起きるんだ、
ごはんは探したいんだ、見つけたいんだ、
そのための苦労はいとわないんだ、逆にわくわくするんだ、

そういったことに、
あんまりにも結びついていなかったような気がする。
無駄ではなかった、それは絶対。
でも、食べるときに、新聞やテレビ見ていれば、
厳しければ会話をしただけでも、
行儀が悪いと言われるこの国で、
私もやっぱりどこかで、
食べる時に遊んではいけないというルールが、
頭のなかにこちこちに入っているんだろうなあと思う。
だから小鳥さんの、食べることと遊びが一緒だと知ったときに、
驚いちゃったんだろうと思う。なかなか気づけなかったんだろうと思う。
今でもそれを実行させてあげられているという自信もない。
犬やウサギは、食べるときは一心に食べる。
でも本当は、やっぱり食事とおもちゃは同じなんだろか。
芸を覚える犬さんは、命令を実行して褒美をもらうということに、
自信や誇りを覚える崇高な生き物なんだとわかってはいるけれど。
鳥さんのごほうびは、それとはまたちょっと違う気がする。
単純に楽しそう。
ぴちっ と種子が割れる高い音からして、
それを舌の上で転がしてうまく実だけを取り出して
殻を口から捨てるところからして、
その音が奏でる瞬発的な音の短さに、
嘴から伝わる脳への刺激の骨伝導に、
手で持てたとき、水にくぐらしたとき、
割ったら中身がしなっていて、つまんなくて捨てたとき。
硬いペレットがふやかしたらやわらかくなったとき、
色が水に滲んで大好きな緑色に染まっていったとき。

ああ、なんでもっと早くに気づけなかったんだろう。
それはきっと本当は、
自分と同じだったはず。人間と同じだったはず。
私たちが満足に食事を得ようとするとき、
働いたお金で、美味しくて新鮮なものを、
とてつもない量のなかから選んで食べるとき。
相手によって、食を替えるとき、
好きなテレビのときに、
食べたいものが決まっているとき、
映画に行くなら、やっぱりポップコーン、
歯ごたえが大事。このcheeseにはこのwine。
自分だけが楽しんでいた?私はずっと気づけなかった?
どうしたら、
もっと楽しく食事ができるかって、
そのために働いて食べるわけなのに。
奢ってもらうほうが美味しいなんてそれはない。
自分で苦労して食べた味は、どんなに心も体もすっきりさせてくれることか。
たったそれだけの楽しみが、
365日続いていく。食べたくないものは、今は飲み込むけど、
大人になったら、もう食べなくていいんだぞ、と、
給食に誓っていたあの日。



かぷっ


小鳥さんにとって、嘴があるということは、
齧ること。咀嚼すること。
食べることより、実は大事なんじゃないかと思うようになった。
口でもよかったのに、嘴なんだぜ。
歯でも良かったのに、嘴のままなんだぜ。
遊ぶのも、嘴。お手入れも嘴。
オスカルは嘴をなくしても生きてくれていたけど、
だからこそ、君たちの嘴をどれだけ私が大事に思っていることか。


なんというお尻天国


探すことは、彼らにとって、苦ではない。
今はまだ、フルに満たしてあることが、
飼い主さんのバイブルなのかもしれないけれども、
いつかきっと、まず隠して置く、
そんなごはんのあげ方が、当たり前になっていくかも。


かっこいい


ボレー粉は、そのままあげると、マメには怖い、と
いまだにやっぱり、思っている。
でも、牡蠣ガラをあげると、カメラの前で齧ってみせるメダリストのように、
噛んで、感触を確かめている。
多分、お皿いっぱいにあげっぱなしのボレー粉と、
牡蠣ガラはきっと違う楽しみがあるはず。
貝殻は、楽しいおもちゃですか。
牡蠣殻は、ミネラル摂取のため必要といわれて、
常に満たしておくべきものですか。
私は鳥さんに「~しなければいけない」はあまり持たない。
でも、今は少しだけ気をつけている。
楽しいと、食べるは一緒でなければいけない。
誰かと食べる食事が美味しいことも大事。
小鳥さんがひとりでぽりぽりと食べていたら、
実は寸極、つまんないかもしれない。
できればそばで、みんな見ていたい。
でも私は老後にひとりで毎日食べることになるだろう。
そのとき、それでもひとりで充分楽しめるほど、
グルメ好奇心に強いばあさんでありたい。
だから今ひとりで食べている小鳥たちが、
充分と楽しい食事タイムを毎日送っているようにしたい。
難しいなあ。できるかなあ。
そんなことばかり、浮かんでは消えていく。



楽しそうだ


牡蠣ブランコも、意外に好評。
おもちゃよりの食物。
いつかきっと、なんとなくまあるく、
これがcotte cotte流、小鳥さんのお食事。
そんな基本が出来上がるといいなと願ってる。
毎日色んなものを作っては消えていく。
私はあまりにも、忘れすぎるのかな。
まとめ力がないのかな。
小鳥たちが食べたら遊ぶ、遊んだら食べるを繰り返してく。
それをひとつにしたい、食べて遊んでる、遊んで食べてる、それをひとつに。
どうやったら、もっと先へ進めるだろう。
小鳥さんたち、これからも教えて。















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cotte cotteへとぶ




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Category: おもちゃ
Published on: Fri,  20 2012 23:55
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