恋する小鳥

Irreplaceable 

忘れそうになるから

胃がとっても痛い。
痛くて痛くて、なんか怖いから、
最近気づいたことを書き記しておこうとか思ってる。
ブッダ君という犬と暮らしているのだけれど、
ブッダ君は、私といて一番喜ぶときが、
意思の疎通が出来たときのようだ。
たとえば部屋でお互い別々のことをしていたときに、
ふと、別の部屋で物音がしたりしたら、
ブッダ君は「あれ?」といったように、一瞬耳を動かして固まる。
第六感と聴力で、何事かと電波を集めているのだと思う。
そこで私が「今、なにか音がしたね。行ってみようか。」
そう話しかけると、ぶおおおっと立ち上がって、
ランランと瞳を輝かせて、「うんうん、やっぱそうだよね?聞こえたよね?」と、
大喜びで先頭をきって出て行く。
それは普通の犬のしつけなら、「よしよし、よく気づいたね。」
とほめて伸ばすところなのかも知れないけれど、
ブッダ君はいつも、私にほめられることはそう求めてはいなくて、
私に自分と同じポイントを
気づいてもらったことを一番うれしがる。
たとえばピンクのボールを持ってきて と言ったときに、
緑のボールやブルーのボールではなく、
ちゃんとピンクのボールを持ってくるのだけれど、
持ってきたことをほめても大して喜ばないのだけど、
ブッダ君が、ピンクのボールを今日は投げてほしいとか、
緑のボールを捜しているとかいったそぶりを見せるときに、
「今日はピンクのボールで遊びたい?」
と聞くと、遊ぶことよりなにより
「そうそう!今日はピンクで遊びたいの!」
そのことに気づいた私に大してものすごく喜んで、飛び回って喜んでいる。
犬というのは、ほめられるのが大好きだということだけれど、
ブッダ君は、私に自分の意見が理解されることを
なにより一番喜んでいる。
それは、私がよほど普段、ブッダ君のことを
理解していないと犬っこなりに感じているのかな、とか、
そういう疑惑もあるけれど、
とにかく確かなことは、犬は人間に理解されることを
うれしく感じるということだ。
それは、当たり前のようで、とても複雑な感情だと思う。
言葉が通じないのに、一生懸命人に向かって、
吼えたり、くんくん悲痛に啼いたりする。
犬は当然、私たちの言葉のほとんどが理解できないはずなので、
私たちも当然、犬の言葉は理解できない。
それなのに、相手の心が読み取れて、
「こうなの?」と人間言葉で聞いたときに、
「そうそう!それが言いたかったの!」
と、犬語で返してくる。それでコミュニケーションがなりたつ。
これは実に不思議な現象だと思う。
そして言うとおりに出来たことをほめられて「嬉しい」ではなく、
「あー、この人と今、意見が合致したー♪意気投合したー!」
といって、爆発するほど喜んでいるのだから、
大変人間側としても光栄だし、興味深い。
人を好きになったときの定番のせりふで
「あの人だけは私をわかってくれる」
というのがあるけれど、
自分のことを他人から理解されると、
されないよりは、好きになる確率が高くなるのは間違いない。
ブッダ君は、それを喜んでいる。
自分の思っていることを、少しでも人間に理解されただけで、
飛び上がるほど嬉しいという。これはとても、
ブッダ君と暮らしていくうえで、大事なヒントだと思って、
大切にリスペクトしている。小鳥たちやウサギたちは、
そういった、感情の面で、いくら普段身をゆだねてくれていても、
ブッダ君ほどには喜ばないような気がする。
ブッダ君は、ささいなことで、そうやって喜んでくれるので、
特にほめなくても充分、いつも笑顔でひとりで喜んでいる。
その姿を見ているだけで、ひとは嬉しいと思う。
ブッダは私に意思疎通ができてうれしい。
私はブッダが嬉しがっていることが嬉しい。
そして多分ブッダも、私が嬉しがっていることは、
またさらに嬉しいようである。
犬は、不思議だ・・・。














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Category: 恋する犬
Published on: Thu,  17 2013 06:15
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