恋する小鳥

Irreplaceable 

炎のような「ガザニア」

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いつだったか家に2本ある柿の木のうち、1本を祖母の気まぐれで切ることになった。
沢山実がなっているし、落ち葉の掃除もしているし虫もついていないのにと反対したが、
留守の間に、祖母に頼まれた苗卸のおじさんが来て切っていった。

そのあとすぐに祖母がコケて入院することになり、荷担した叔父もヘルニアが急に悪化して手術を受けた。
そしてその苗卸のおじさんは自宅で首をつってしまった。
半年ほど意識不明のまま、とうとう亡くなられたらしい。

もちろんすべて偶然なのだろうけど、母は祟りだと言って憚らない。
私はその苗卸のおじさんの自宅で売られていた、50円ほどのひょろひょろの苗を買うのが好きだったので、
そのお店がなくなってしまって、なんだか複雑だし、申し訳なかったりして、悲しい。

その柿の木はすっぱり根株だけに切られたにもかかわらず、
横から芽を出し、あれよあれよという間に、4メートルほどの樹に戻った。
本来の姿にはほど遠いけど、たった3年ほどで、少しだけ実もつけるほど復活した。

聞けば祖母が小学生のときに、学校の理科の授業で
家庭での食料の足しになるように、配られた苗なのだという。

戦前の話だ。80年前の苗だ。
それほどまでにともに頑張ってきた柿の樹を、なぜ切れるのかも理解できないし、
今になって「誰が柿の木を切ったのか」と怒っている祖母も理解できない。
絶対認めないけれど、貴様は痴呆で間違いないと言っている。

そんな祖母は、毒母というやつで、言動が悪すぎて私も縁を切って長年口をきかなかったけれど、
とうとう一緒に住んでいた叔父家族からも性格が悪すぎて家を追い出されることになり、
よく嫁と喧嘩しては食事も出してもらえなくなり、何度も逃げ込んでいた我が家に
とうとう完全に引っ越してくることになった。

嫁姑のバトルに疲弊しきった叔父にも、その姉である母にもNOとは言えず
数年ぶりに祖母に、「性格悪すぎてとうとう追い出されるんだって?」と声をかけた。
「そうみたい。一緒に住んでくれるか」とやけにしおらしく言うので、一応停戦だか和解になり、
倉を改造してトイレつきのワンルームに建て替えた。お金は叔父も出すはずだったが、
祖母が断って全額支払ったのには驚いた。大正生まれのひとは、気概が違う。

噂では聞いていたけれど、叔父夫婦はずっと祖母を追い出す計画を立てていて、
祖母の土地に亡き祖父が建てた古風な家からふたりの荷物を何年もかけて捨てていたという。
お気に入りの応接室のシャンデリアも取り外して捨てられたと嘆いていたので、
祖母の新しい部屋の天井にはシャンデリアつきのライトを設置した。
介護は一切したくない 顔も見たくない という叔父嫁の気持ちもわかる。
義父である祖父の病室にも一度も寄らなかったひとだ。嫌いなものは仕方がない。
ましてや祖母の性格の悪さは、血のつながった子供でも辟易しているくらいで、
外から来た嫁に耐えられたものではなかっただろう。
今は洋風に内装工事をして、自分だけのキッチンを作り上げているのだという。
ただ、私の母にはぐっと負担が増えて、
ノイローゼのように毒母の影響下で暮らしている。
祖母が会話などで私に母を取られるのを嫌がるので、
私はほとんど家に帰らないようにしている。



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安土桃山城の下のほうの大手筋商店街で、よくフラフラとすることがある。
近くの古い酒倉に得意先があるためだ。
50円で苗を売る露天商のおばちゃんがここにはいて、
私にいつも松葉牡丹を進めてくる。好きな花だそうで、
「あたしゃ、これすっきゃわー、一番すっきゃわー」 と毎回言う。
あの柿を切ったおじさんの奥さんだって、こうやって何度も私にメロンやキュウリの苗をすすめてくれたものだ。
あのひとも、旦那を亡くしたあと遠くの娘に引き取られたという。



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露天商のおばちゃんから、炎みたいなガザニアを買う。
晴れの日には咲いて、曇りの日には咲かない花。
日本の女は世界一長生きだ。
ゆえに世界一長く自分の居場所を陣取り合戦し続けなきゃいけない。
いつまででも、健康が続く限り、露天で花を売ったり、
家族の面倒を見たり、毎日今日は晴れか雨か洗濯は干せるかと気を揉んで。
ずっと燃え続けられるわけでもないのに。











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Category: 恋するガーデニング
Published on: Mon,  15 2017 00:00
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