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恋する小鳥

Irreplaceable 

違うひと その2

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つづき


その小さなおじいさんは、樹の上からひょいと降りてきて私に丁寧に頭を下げました。
そのかしこまった仕草に、私は最初、これはあの職人のお父さんか助っ人さんなのだろうと思いました。
あの時はフリーだったけれど、スタッフを増やせるほどになったのかな、
会社も大きくされたのかな、なんて想像していると、
そのおじいさんは私に

「久しぶりやなあ」

と言いました。


硬直しました。


思わず、この人とどこかの現場で会ってたのに忘れている自分に驚き、
失礼のないように、とりあえず話を合わせて

「ご無沙汰しています。」

などと言いました。

この穏やかなおじいさんのことは、誰だか覚えていないけれど、
あとで一緒にいる知人にこっそり聞けばまあいいやと思ったのです。

そのことを後ろにいる知人に目で合図をしようと思ったら、
知人が先に大きく声をかけました。

「相変わらずやなあ、元気にしてるか。今日は隣切るなよ」

えっと驚きながら母を見ると、母もニコニコと笑っています。
どういうことだろうと思って固まっている私をよそに、3人で仲良く話に花を咲かせています。

これお母さんは知らない人でしょ・・・?

私以外の二人は、彼をあの背の高い、いつかの職人として話をしています。
私から見るとまるで別人なのに、背も顔もまるで違うのに、
彼らには同じに見えるようです。

この家の住所忘れてなかったか?道に迷わなかったか?

話はどう聞いても数年ぶりに我が家の庭を切りに来た職人にかける言葉ばかり。
私だけがあっけにとられて体の内で警報を鳴らしていました。
この人は誰、この人は誰なの。
この老師のような風体の年寄りは見たこともない人なんだけど。


どうやら私が記憶違いをしていたのだろうとその場は思い、
とりあえず表面上は、話を合わせて笑うしかありませんでした。
この年老いた職人さんは、ここ数年、外国人の日本庭園フリークにスカウトされて、
海外で庭師として講演や指導に当たっていたのだといいます。
夫婦で外国に渡っては、多岐に活躍していて、肩書も先生になりつつあるのだと少し自慢げに話していました。
ミーハーな母はそんな先生に切ってもらえるなんて嬉しいわと、感激の様子。
確かに腕は確かだろう、道具をもって行き来するのだから忙しい日々だったのだろう。
だからといって、5年ほどでここまで老いるものでしょうか。
私にはまるで信じられませんでした。

お爺さんはそれからも、私の知っている職人とは別人のように繊細に注意深く生垣や松を切り、
最後にこれはどうする?とおずおずとユーカリの大木について尋ねてきました。
私のユーカリは気難しいので、他人に切らせることはめったにないのだけれど、
他の木々が小綺麗に切られているのとバランスが合うように、少しだけ整えてもらうようにお願いしました。

帰っていくお爺さんを見送ったあと、知人や母に私はさりげなく
あんな人だったっけ・・と恐る恐る聞きました。
でも知人も母も、笑ってそうだといいます。
お変わりなく元気そうで良かった、などといいます。
私の体内ではやっぱり警報がヂリヂリと鳴りやみません。
あの白髪のお爺さんは誰。あんな人は会った覚えがない。
それなのにどうしよう、私だけが彼をどうしても覚えていません。
これはまた私の脳がどうかしてしまったのでしょうか。


それから1年たちました。


この年末私はまた、例年通り植木の剪定を頼むことにしました。
私の認知はともかくとして、仕上がりはとても気に入っていたので、
あのおじいさんをまた呼んで欲しいと、知人に仲介を頼んだのです。
彼は私の目の前で電話をかけ、

「去年と同じ、あそこにまた行ってくれや」

と頼みました。
そのひとは例年通り掛け持ちで忙しいのだけれど、
年も迫ったクリスマスの二日間にはちょうどスケジュールが空いているといいます。

そして約束の日、一年間の違和感を抱きつつも、
心の中でようやく小さなおじいさんに変貌したあの職人さんを
私は庭で待っていました。

そして彼は現れました。
飄々とした足取りで、黒髪にのっぽさんのような帽子を被って、

「久しぶりやな」

それはとても、背が高くて、ぎょろっとした目つきの悪いマスク姿の壮年のひと。

数年前に私がヌカに釘のやり取りに疲れた、
とても無礼なあの職人の姿でした。

また私は体が張り付いてしました。

確かに彼です。私の中の記憶の彼がそこにいました。
彼こそが本物の、あの昔頼んで揉めてやめさせた、一度限りの植木職人でした。
そして彼も言ったのです。

「ずいぶん久しぶりに来たから、道がわからなくて迷った。
どこにトラックを置けばいいのか教えてくれへんか」

去年来たのに?去年停めたのに?

後ろから母が声をかけます。

「これはこれは。また先生に来てもらえてうれしいです。今日もよろしくお願いします。」

もうなんのことだかさっぱりわからない。
去年来たのは、先生だったのは、小さなおじいさんだったでしょう?
どうして母にはこれが同じ人に見えるのかわからない。

次々運び込まれるハシゴも、ぞんざいに置かれていく道具もなんとなく去年と違う気がする。
動悸が止まない私をよそに、母は彼こそが去年と同じ職人だとでもいうように盛り上がっている。
私は話を合わせながら、それでもまたあの警報が体の内から鳴り響く。
これは誰だ、これは違うひとだ、これは誰だ、あれは誰なのだ。
なぜ母はお面のような顔をして笑っているのだ。

そのとき、遠巻きにする私にだけわかる目線で、
マスクをした彼がニヤと嗤いかけるのと目が合いました。
その瞬間、一気に恐怖が襲って、ぶわっと全身の毛が逆立ちました。

危ない。必ず、危ない。

私は退散しました。母にお願いして、急に用事があるといって家を出て逃げ出しました。
それでも振り絞って、ユーカリだけは切らないでとお願いしておきました。
彼はわかったわかったと、昔と同じように軽く了承していました。
そして会社にたどり着き私は、知人にすべてを話しました。

私が知っている彼が来たのだけど?
去年来たひとはもっとお爺さんだったのだけど?

意味の分からないことを一生懸命説明する私に、
彼はいまだにフリーの職人だから助っ人などいないと知人は言いました。
去年来たひとも、数年前に来たひとも、今日来たひとも、俺からすれば同じ職人で、
見た目も同じだよ断言するのです。
そんなはずはない、あれは違うひとだ、今回のひとが本当のひとだ、などと言いすがる私に
じゃあもう、違うひとだと思うならそれでいいんじゃないの と最後は怒って突き放され、
私は途方にくれました。
そこへ追い打ちをかけるように母から連絡が来たのです。

「ユーカリ、なんか勝手に切らはったみたい。ごめん。」

やっぱり彼は昔のあの彼でした。

私はまた怖くなって、なぜか母を守らなきゃと実家に戻りました。
彼はもう庭にいませんでした。
疾風のごとく、何もなかったかのように彼も彼の車もありませんでした。
私によって不格好に支えられた添え木をなぜか外された松が、
ゆらゆらと不気味に枝を揺らしていました。
母は満足そうに、外国で先生したはるようなひとにまた切ってもらえて嬉しいわと喜んでいます。
庭の木々はザクザクに切られていました。
去年の整えられた庭というよりも、
大胆な切り口で大きくあちこち強剪定を施されて、風の通り道が幾重にもできていて、
私にはまるで別人が切ったように感じられました。

低く切られて隣家との境に立っている塀がこれまで以上に大きく出現していました。
なぜか隣の亡き主人がいつもこの庭を見ていたあの、
苦々し気な顔がそこにある気がして、なぜか気になって仕方がないような気持ちで、
急に庭が怖くなりました。そして思い出しました。

昔私はこの古い家がとても怖かったのです。
私は生家も、移り住んだこの家も、成人して働くことになったお屋敷も、
いつだって古くて大きくて暗くて怖くて仕方ありませんでした。
子供の頃から何度も私は幻覚を見、金縛りにあい、亡霊を見て、
脳が疲れて錯覚を見ているのだと、頭ではわかっていても
怖い経験を何度もして、親戚が遠出して入手してきたお札を貼られたり、お払いに連れていかれたり、
ひととおりのヒステリーを抱えていました。

母はまったく霊感がないのに、一度だけ私が連れてきた同じものを見てしまい、
非常に怖がらせてしまったことがありました。
あのときばかりは、幻覚ではないのかもと思ったほど、
私が見て心に秘めていた霊の姿と、母は同じものを見たのです。

それから犬を飼い、二代続けてブッダと名付けてから、
だんだん獣の臭いや木のぬくもりのほうが勝って、古い家も怖くなくなっていたのに、
また私は今恐怖を感じているのです。
あの人は、誰なんだろう。
どうして私だけ、彼を認知できないんだろう。
あのおじいさんはどこに行ってしまったのだろう。
今もまるでわからないのです。
来年は誰が来るのでしょうか。
どこかで門が開いているのでしょうか。





これが、本当に今現在あっている私のクリスマスのお話です。
ハッピーハッピーハロウィーンみたいなクリスマス・・・。
まるでキツネに化かされたような、それともメンインブラックのような・・。

お正月飾りをいつも大晦日の夜にやっつけるけど、
今年は怖いので明るいお昼にやりたいな・・・。
しょうもないけど、これが最近怖かったお話です。

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Category: 恋するガーデニング
Published on: Mon,  28 2020 20:14
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