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恋する小鳥

Irreplaceable 

100年の物語にちなんで

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地震がありましてね、震度4と震度3がそれぞれ違う日に。
それで、震度4の時は事務所にいたので、鳥かご大丈夫かなとか、駆け付けるわけなんですけど、
ああいう時はみんな逆に静かになってて、全然騒がないんですよね。
地震になると猫ちゃんとか、ワンコとかが震えたりする様子がSNSに流れますけど、
うちの鳥たちを見ると、地震はそんなに気にならないのかな?って思います。

が、震度3のときは実家で夕食作ってたんですよね。
そうしたらグラっときて、お皿並べようと持ってたときなので、
そのまま固まって終わるのを待ちました。

でもうちの田舎の実家は相当古くて、
そのせいか事務所で体験したての震度4より全然大きい揺れのように感じるのですよ。
母が前日に、震度4の時は大黒柱が下がったのが肉眼で見えたと言っていたので、
この震度3がきた時すぐに大黒柱に目をやったのですが、確かにグラっとひずんだような気も。
今までも、そろそろ家が潰れるんじゃないか、
その前に潰したほうが良いのではないかと言ってくる親族がいたのですが、
私は「そんなバカな」と思ってたところがあったんですよね。
大工さんたちもまあいきなり潰れることはないといつも言ってもらっていたし、
ご近所にはもっと古い家も何軒かあるし。

でも、次に震度6来たらこれはダメかもとちょっと実感した。
一度隣家の火事に巻き込まれて半分燃えて改装工事したから、
天井が張り替えられていて大丈夫だったけど、
昔はそういえば地震のたびに、パラパラ砂が天井から落ちてきて
掃除が大変だったなと思い出す。
それは子供の頃に住んでいた生家もそんな感じで、
昭和の時代はみなそうだったと思うのだけど。

この家は昭和初期に建てられたので、90年くらい。
そんなに古いわけでもないけど、まあ、
耐震をそれほど想定して建てたわけではないのだろう。

昔、私のひいおじいさんがパーキンソン病になり、
家督を弟に譲って、隠居するために建てて移り住んだのがこの家になる。
戦前にパーキンソン病になるというのは、治療法も少なく想像に絶する苦しみだったと思う。
当時妻だった私の曾祖母は娘と一緒に強制的に離縁され、
そのまま曾祖父の弟と結婚させられた。
その娘が、今引き取っている祖母になる。

曾祖母は二番目の夫である元義弟との間に長男を産んだけど、
祖母が聞いていたには、その日々はとても辛かったらしい。
元夫がすぐ近くに隠居を建てて病気療養しているなかで、
その弟と本家で夫婦として暮らしたのだから、
恥ずかしさや、ふたつの家を切り盛りする辛さで、それは大変だったと。
戦前の話だから、女はどうしようもなかったと。

長男優遇の家系だったから、祖母はその父親違いの弟に譲らされ、
本来自分のものになるはずだった土地も家屋もほとんどもらえなかったことから、
性格がねじ曲がっていったのは誰もが知るところで、
みんなが同情してチヤホヤ機嫌をとったせいで、ずっと機嫌の悪い女王様だった。
その女王も最近は認知症になってわけがわからなくなってきた。
この間は、煎餅の欠片をいっぱいに入れた袋を持ってきて、
これで15万円分あるから換金して来いといってきかなかった。
「何時間も数えてようやく15万円分ある。全部銅貨だ。早く行け。」
みたいなことを大声で叫んで実に面白かった。
パーキンソン病で亡くなったひいおじいちゃんがこの家にとりついているとしたら、
自分の娘のこんな姿も見守っているのだろうか。
祖母は新しく父になったおじさんは優しくてとても好きだったそうで、
昔話をして毎回「おいちゃん、おいちゃん」と泣く。
父親が二人もいて良かったじゃないの。
地震が来て家が潰れたら、
彼女の100年の物語にはちょうどきりがいいのかもしれない。



line baseball
全然自分の旦那の話はしないのがまた。
おじいちゃんは早々に生まれ変わってよろしくやってると思う。



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Category: 鳥以外のこと
Published on: Tue,  05 2022 23:18
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